プラスチックに代わり、紙ストローを出す店が増えてきました。
透明なプラスチック容器の蓋にストローだけ紙、というところもあります。
ウミガメの鼻に刺さったストロー
プラスチック・ストローの廃止運動に火をつけたのは、たまたま撮られたウミガメの動画でした。

2015年、コスタリカの海。
海洋生物学の女性研究者が、ウミガメの鼻に異物が詰まっているのを見つけました。
そのカメを船の上に引き上げて、ペンチを使い引っ張り出そうとします。
苦しそうなウミガメと、それを救おうと奮闘する研究者。
その愛が、見る者を静かに惹きこんでいきます。
流血した痛々しい映像だったこともあり、あっという間に世界中に拡散しました。
テレビでも何回も放送されました。
私たちも「緊急!池上彰と考えるニュース総決算」シリーズで使いました。
ここにナショナルジオグラフィックの動画を貼っておきます。
この動画の強さはどこからくるのでしょうか。
ウミガメへの共感…自分のことのように
およそ8分間の映像はカメのアップ・ショットだけ。
船の上に救助されたカメ。
ひどく苦しそうです。
見ているこちらが苦しくなります。
研究者が鼻の穴に詰まった異物を抜こうとしますが、なかなかうまくいきません。
「痛くしてごめんね。終わったらきっ気分がよくなるわ。」
もどかしい時間の中で、研究者の愛情と、海を汚すことへの怒りと悲しみが伝わってきます。
そして、ストローがスポッと抜けた時の安堵感と少しばかりの達成感。
ウミガメの開放感がこちらにも伝わります。
そして、ストローの長いことへの驚き。
ここには人の心をつかむ“物語”がありました。
そのストーリーに心が動き、自分のことのように記憶に刻まれたのだと思います。
他者の“物語”に共感できるのは、人間の素敵な能力です。
こうして、プラスチック・ストローはプラごみの象徴となりました。

プラスチック・ストローは20分足らずで使い捨てられるのに、アメリカだけで毎日5億本も使われていると言われています。
この動画が公開された後、スターバックスをはじめ、廃止を宣言する企業が続きました。
個人はその企業を支持して、参加する。
誰でも参加しやすい取り組みですね。
「このまま使い捨ての生活を続けて良いのだろうか」と問いかけた意義も大きいと思います。
ストローとプラごみ総量との“ギャップ”
では、プラスチック・ストローの廃止は、海洋プラスチックごみの削減に大きく役立つのでしょうか?
実際には、限界があるようです。
プラスチック・ストローは、海に流れ込むプラスチックの0.025%に過ぎないと、ナショナルジオグラフィックの記事にありました。
ストローのみならず、海洋プラスチックゴミは大問題です。
たくさんのウミガメやクジラや海鳥が誤って食べて死んでいきます。
これからもゴミの量は増え続け、2050年までに海洋に漂うプラスチックの重量が余裕で魚類全体の重量を超えてしまうと言います。
生態系が破壊されれば当然、人間の食にも跳ね返ってきます。

1999年に「どうぶつ奇想天外!」が北西ハワイ諸島で海鳥の取材をした際、特に目立っていたのは漁網や浮きブイなどの漁具、ポリタンク、洗剤容器などでした。
日本だけではなく、中国、韓国からも黒潮に乗って流れていったのでしょう。
最近の資料を調べても、この傾向は変わっていません。
上記のものに飲料のペットボトルが加わった位です。
漁具などのごみは、私たち個人個人がいくら努力しても減りません。

さらに、世界中の陸地で捨てられたプラスチックごみは、川から海に流れていきます。
その量のランキング第一位は中国で、日本の50倍以上だそうです(環境省、2010年推計)。
これも私たち個人の努力が及ばないところです。
「プラスチック・ストローを使わない」のは良いことでしょう。
それでも、海洋ごみの全体量という視点から見れば、「やった方がやらないよりはマシ」と言っても良いような割合です。

ウミガメの鼻に詰まったストローの動画にはインパクトがありました。
これが社会を動かすきっかけになったのは間違いありません。
でも、問題なのは、ストローそのものではなくてプラスチック全体だったはずです。
ウミガメへのやさしい気持ちと、実際の問題との間に生じる「ズレ」。
それは、テレビ制作者としていつも感じてきたことです。
映像メディアの「情」と「智」
ウミガメの動画は、人々の「情」を動かしました。
映像メディアは、テレビもネットも「情」に働きかけるのが得意です。
事件、事故、抗争、紛争…
良くも悪くも、一枚の映像が世論を大きく動かすことがあります。
しかし、プラごみ全体の話は「智」に訴えるべきものです。
これは、映像メディアの苦手なところ。
論理立てて、尚且つ、面白く伝えることは難しいし、腕が要ります。
プラごみ全体の問題は、活字メディアの方が伝わりやすい。
でも、読みたい人は読むけど、無関心な人には伝わらない。
活字離れも進み、ムーブメントにはなりにくいようです。
そこに「ズレ」が生じます。
「プラスチック・ストローだけが悪者になっていませんか?」

しかし、それでも良いのかも知れません。
ウミガメから始まったプラスチック・ストロー廃止。
そこから、プラスチックごみへの関心が少しでも広がっていったのなら、良かったと思うのです。
(続きます)