ヒキガエルが年に1回だけ、池に大集合して、戦国絵巻さながらの合戦を繰り広げます。
人はそれを「蛙合戦」と呼びます。
1998年2月、茨城県つくば市のとある池。
気温8℃以上、湿度100%になると、山からカエルたちが繁殖のために集まってきます。
大集団で繰り広げられるくんずほぐれつ、“愛の儀式”の始まりです。
1匹のメスに何匹ものオスが突進!その理由は「コスト」
池の中で、オスはメスの背中に乗って抱きかかえ、メスの産卵を促します。
オスは離してなるものかと必死にしがみつきます。
やがてメスが産卵し、オスが精子をかければ儀式は完了。
命のバトンをつないでいく神秘的な光景です。
さて、メスは1度産卵したら、その年はおしまい。
やるべきことが終わったら、さっさと山に帰ってしまいます。
一方オスは何回も放精できるので、そのまま池に留まります。
繁殖活動に失敗したものは次のチャンスをうかがい、成功した者はさらなる繁殖を狙って、留まるのです。
だから、池の中はオスだらけになります。
そこにメスがやってくると、もう大変。
オスたちが一斉に群がってきます。
メスの奪い合いが始まるのです。
強いオスは2回から3回も繁殖に成功できる。
その一方で、多くのオスが何もできずにシーズンを終える。
そんな調査報告もあります。
激しさを増す蛙合戦。
運と力の勝負、バトルロイヤルです。
なぜ、こんな状況が生まれるのでしょうか?
その答えは、「コスト」の差。
オスの精子に比べ、メスの卵にはコストがかかっているためです。
オスとメスに分かれている動物は一般に、オスは自分の遺伝子をあちこちにばら撒こうとし、メスは健康で丈夫なオスを(その遺伝子を)慎重に選ぼうとします。
だから、宿命的に利害が対立します。
「コスト」の安いオスが、「コスト」の高いメスを求めて殺到する。
人間も、「コスト」に男女差があるのは同じです。
何しろ女性は妊娠可能期間が1ヶ月に1度しかありません。
その上、もしも受精・着床すれば10ヶ月の妊娠期間が待っています。
一方、男性の精子は断然コスト安。
気力と体力と、たっぷり魅力があれば、毎日でも繁殖活動ができるでしょう。
ここまでは人間もカエルも一緒ですね。
恋愛バトル…人間の男女も利害が対立する?
ではなぜ、人間の恋愛が「蛙合戦」のようにならないのでしょうか?
人間には愛や優しさがあるから?
倫理や道徳や宗教があるから?
安心安全安定を求めるから?
法に触れるから?
後が怖いから?
もちろん、それもあるでしょう。
でも、それだけでしょうか?
人間とは、どんな動物なのか?
そこから考えられるの理由のひとつが、これです。
【ヒキガエルが卵を産みっぱなしで済ませるのに対し、人間は子育てにすごーく手間がかかるから】
人間の赤ちゃんほど弱々しく、育児に手間のかかる動物は他にはいません。
子育て中のお母さんには、夫や家族の助けがどうしても必要ですね。
少なくとも400万年ほど前には、私たちの祖先は、夫婦が一緒に子供を育てるように進化していたと言います。
一夫一妻が人類のスタイルになったのです。
(700万年前に人類と枝分かれしたサルの子孫、チンパンジーは乱婚です。オスは子育てに参加しません。)
あちこちにばら撒いてるだけの男性ドン・ファンがいたとしましょう。
彼の子供はたくさん生まれますが、弱々しい人間の赤ちゃんに必要な助けがないので、うまく育ちません。
だから、ドン・ファンのような性質を持つ遺伝子は残りにくくなったでしょう。
女性もドン・ファンのような男は(惚れてしまったら仕方がありませんが)できるだけ選ばなくなったでしょう。
結果的に「堅実さ」が繁殖に有利になるので、そういう人が増えた。
逆にカエル並に奔放な人は、数百万年という年月を経て、減ってきたと考えられるのです。
ただし、減ったとは言え、ゼロにはなりません。
その証拠に、世の中には恋愛を巡るトラブルは絶えない。
そもそも、動物のオスとメスは利害が対立する。
オスはばらまこうとし、メスはより良いオスを選ぼうとする。
でも、人間の場合、夫婦や家族が協力しなければ子育てが上手くいかない。
だから、そのように進化してきた。
ヒトが進んでいる大きな流れは、こちら「協力・堅実」のような気がします。
人間が「草食系」に向かうとしても、今のところはまだ、2つの力が綱引きをしているのかも知れません。