「どうぶつ奇想天外!」は1993年秋から2009年春まで、週末の夜8時から放送された楽しいファミリー向け動物番組でした。
動物はふしぎで神秘的で知れば知るほど面白く、時に感動的。
それを、明るく楽しくお伝えしたい。
彼らが暮らす自然環境の大切さを知ってもらいたい。
それがこの番組の使命でした。
この番組に「主義主張」は似合わない。
私たちは政治的な争点には踏み込まないと決めていました。
そのポリシーに迷いが生じる出来事がありました。
諫早湾干拓という環境破壊
1997年4月14日、諫早湾の水門が閉じられました。
自然環境破壊という意味でショッキングな出来事です。
水門は「ギロチン」と呼ばれました。
もう、25年も前の話です。
これついての解説は、2019年9月に公開された「朝日新聞デジタル」の動画がわかりやすいので、貼っておきます。
この動画に「諫早湾の堤防の内側は広大な干潟で、ムツゴロウなど独特の生物を育む」とあります。
この一文は、重いのです。
干潟はすごい!自然の楽園
干潟は、生命をはぐくむ自然の楽園です。
川から海に注がれる豊富な栄養。
広大なエリアに降り注ぐ太陽からのエネルギー。
そこに、生きものたちが独自の生態系を作ります。
無数の微生物、巻き貝や二枚貝、ゴカイの仲間、カニなどの甲殻類、ハゼに代表される魚たち、食べものを求めてやってくる鳥たち。
生きものが密集しても、浅くて広い海なので酸欠にはなりません。
干潟は、無数の生きものたちが海の汚れを除去する「天然のフィルター」でもあります。
この干潟の浄化能力は巨大な下水処理施設に匹敵する高性能なものとも言われています。
干潟がなくなれば、海はどんどん汚れていきます。
このことは、私たちが千石正一先生から学んできたことです。
先生は熱く語ります。
「失われた自然は元には戻らない。人の手で壊してはいけない。」
「ギロチン」が降ろされた
そしてあの夜、ニュースで衝撃的な「ギロチン」の映像が流れました。
「NEWS23」の筑紫哲也さんは環境破壊の問題をきちんと論じています。
さて、「どうぶつ奇想天外!」はどうするか?
大自然の素晴らしさを語ってきた番組として、何か言ったら良いではないか?
言うとしたら、何を言う?
いくつかの案が浮かんできます。
しかし、諫早湾干拓の是非は政治的な争点です。
利害関係が入り組んでいます。
平地の少ない長崎の人々の悲願だとも聞きました。
この事業は農地の確保だけでなく、自然災害から人々を守る目的もありました。
過去の水害で多くの人々が犠牲になったのです。
ここには踏み込めません。
この問題は、バラエティ番組の守備範囲を超えています。
でも、干潟の大切さを語ることはバラエティでもできるはずです。
そうだ、番組で「干潟」をやろう。
干潟のドキュメンタリーを大急ぎで作る
翌日、千石先生に電話をしました。
「先生、特集コーナーで干潟の生態系をやろうと思います。」
「おう、やるか。」
「どこで撮ればいいですか?」
「そりゃ、西表島だろう。」
先生は、待ってましたとばかりに干潟の生態系のあれこれを話し始めました。
ディレクターをしっかりフォローしてくれるのは間違いありません。
すぐに、意中のディレクターに「“干潟は大切”というテーマで西表島に行ってくれないか」と話しました。
さらに、「ギロチン」を見ての危機感、干潟の浄化能力のこと、命と命が絡み合う生態系の表現などについても意見を交わしました。
「千石先生は何でも教えてくれるから、リサーチはいらない。できるだけ早く作ってね。」
この後はディレクターにお任せして、楽しみに待ちます。
次に彼に会うのは、編集されたテープをプレビューする時になるでしょう。
こうして出来上がった作品がこれです。
放送は1997年7月12日、スタジオ収録は6月19日。
企画決定から撮影、編集、スタジオ収録までを2ヶ月で終えたのは、ドキュメンタリーとしてはかなりの早業です。
視聴率が良かったのでホッとしたのを覚えています。
視聴者の皆さんがこれを諫早湾の一件と結びつけてくれることを願っていました。
そんなわけで、これは私にはとても思い出深い作品です。
それに名作です。
久しぶりにYouTube動画でこれを見ていたら、亡くなったはずの千石先生が隣にいるような気がしました。
あの頃のように語りかけてくるのです。
千石先生の研究者魂が、環境破壊に対する怒りのエネルギーに変わり、ディレクターやカメラマンに乗り移ったかのようです。
「どうぶつ奇想天外!」の中ではメッセージ性の濃い作品になりました。
TBSのテープ倉庫に眠っていた作品が目覚め、YouTubeで見られるようになりました。
もう25年も経ちましたが、この動画が干潟を守る役に立つこともあるかもしれません。
大自然の時の流れで、25年は一瞬です。
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」、15「陸の豊かさも守ろう」の教材として役立てていただければ、とてもうれしいです。