どうぶつ

「愛」は、遺伝的にプログラムされている

人間は動物の一種。標準和名はヒトです。

ヒトはこの地球を支配して、他の生きものよりも偉そうにしています。

ヒトという動物を掘り下げてみたくなりました。

「どうぶつ奇想天外!」を始めてから3年目、さまざまな動物を知れば知るほど、人と変わらないように思えたからです。

ヒトは、動物であることから逃れられない

「生命38億年スペシャル“人間とは何だ…!?”」という単発番組を放送することが決まりました。
1996年春のことです。

解説と監修を、日高敏隆先生(滋賀県立大学学長・京都大学名誉教授/当時)にお願いしました。
この方は動物行動学の重鎮。
千石正一先生の先生です。

どの動物も誕生し、成長し、子孫を残して一生を終えます。

人間も動物ですから、これは同じ。

ただ、やり方が違うだけです。

そのやり方は、それぞれの動物ごとに遺伝的にプログラムされている。

それが日高先生の考え方でした。

この番組のほんの一部が、YouTube「どうぶつ奇想天外/WAKUWAKU」で公開されています。

【検証】アヒルの雛は生まれて初めて見たものなら犬や亀やラジコンでも親だと思うのか!?遺伝的プログラムについて解説

遺伝的プログラムどおりに生きる動物たち

初夏になると、カルガモ親子の引っ越し風景がニュースや情報番組で放送されます。
親鳥にくっついてよちよち歩くヒナたちの姿がとても可愛いですね。

アヒルもそうですが、カモの仲間の場合、生まれたばかりのヒナには「動くものを追え」という遺伝的プログラムが働きます。
最初に見るものは大抵は親ですから、カルガモのような微笑ましい光景になるわけです。

アヒルの親子

ところが、初めて見るものがイヌでもヒナはついて行きます。
プログラムには「動くもの」とは書かれていますが、「親」とは書かれていないのです。

イヌを追うアヒルのヒナ。この後、すぐに親元に返すとついて行くので心配ありません。

ある研究によれば、そのまま放っておくと、アヒルのヒナは自分がイヌだと思い込み、やがて大人になると、イヌに対して性行動をとるようになるそうです。

ヒナは親の後をついて、虫や木の実などを突いて食べるようになります。
遺伝的プログラムに「ふくらんだ点をついばめ」と書いてあるからです。
だからサイコロでも、足つぼマットでも、ふくらんだ点なら何でもついばんでしまうのです。

板に貼り付けたサイコロをついばむ
足つぼマットも「ふくらんだ点」

赤ちゃんがオギャーと泣くプログラム

ヒトの赤ちゃんも、生まれてすぐには「やわらかい突起物を吸え」というプログラムに従い、お母さんの乳首を吸います。
突起物は乳首に限りません。
赤ちゃんの口元に指を当てても吸いますし、哺乳瓶でも大丈夫です。

ヒトの赤ちゃんはお腹が空いたり、おしめが濡れたり、体調が悪くなったりするとオギャーと泣きます。
遺伝的プログラムは、親が近くにいることを前提にしているので、ただ泣くだけで良いのです。

お母さんは泣いた理由がわからなくても、頑張って解決してくれるはずです。
親は子供が可愛い。
何とかしたいと思えるようにプログラムされているからです。

幼い子供にとって、親の愛情は死活問題です。

あるご家庭での話です。
赤ちゃんの世話で大忙しなお母さん。
お姉ちゃんになったばかりの3歳の女の子は、お母さんに構ってもらえず、淋しそうです。
とうとう家でお漏らしをしてしまいました。
「赤ちゃん返り」です。

保育園ではしっかり者なのに、なぜ?

親の愛情を引きつけるプログラムが働いたのです。

ヒトはやがて成長し、学んだり恋をしたりします。
これも遺伝的プログラムに導かれてのこと。

でも、どんな学び方をするか、どんな恋をするかはプログラムには書かれていません。
環境に合わせて、人それぞれの生き方があるということです。

日高敏隆先生は昆虫、特にチョウの研究からスタートした方です。

チョウの幼虫は食べて大きくなることに専念し、サナギになって体を作り替え、成虫になると繁殖のプログラムが働き、子孫を残して死ぬ。
成長の過程にメリハリがありますね。

体を変化させ、行動する順序があらかじめプログラムされている。
これが遺伝的プログラムの考え方です。

その視点からヒトという動物を見ると、新鮮な驚きがいくつもありました。

スタジオ収録直前まで、日高先生と私たち制作者との間で、解決されない問題がありました。

それは、「愛とは何か…?」ということ。

愛とは何か…!?

「愛」は文系のクリエーターが大事にするキーワードです。

番組のサブタイトルは「奇跡のメカニズム・愛を探す感動の旅」に決めていました。
そして、司会の古舘伊知郎さんのこだわりのポイントでもありました。

監修の日高先生は動物学者として、「愛」などという、定義の曖昧な言葉には関わりたくない様子。

スタジオ本番前日の打ち合わせでも、私たちが「愛、愛、愛」としつこかったからでしょう、先生から「動物は遺伝的プログラムに従って子孫を残す、以上」と言われてしまいました。

それでも「愛」にこだわる私たち。

結局、放送ではこのような形で先生のOKをもらいました。
エンディングに向かう、スタジオトークです。

古舘「プログラムは子孫を残す、遺伝子を残すことのみというふうなことがあったとしても、男だけじゃダメ、女だけじゃダメ。男と女が向き合った時のこの関係性の中で、フワッと立ち上る何かが “愛” かも知れないというアプローチはできますね。」

日高「僕はそういうふうに取っても良いと思ってます。」

まとまりました。

「愛」についての、自然科学者と文系テレビ制作者とのぎりぎりの接点がここでした。

この3時間スペシャル番組は、野生動物たちの生と死と誕生のドキュメントを中心に、このような解説をいくつも挟んで構成されました。
制作期間は1年半、制作費は1億円以上かけて、「人間とは何だ…!?」をわかろうとしたのでした。

放送当時(1997年)としても破格の規模。
今の民放では考えにくいことです。

で、盛大にやってみた結果、「人間とは何だ…!?」は少しはわかったのか?

わかるわけはありません。

でも、やってみてわかったこともあります。

ヒトと他の動物はかなり重なり合うけど、やっぱり違うということ。

「愛」という概念を大事にするのは人間だけらしいこと。

そして、その原因はどうやら「脳」にあること。

「人間とは何だ…!?」にもう少し近づくカギが見つかったような気がしました。